極小日本犬 豆柴の樽井荘 鷹倉犬舎

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豆柴の樽井荘 初代鷹倉富彦

 

 豆柴は樽井荘鷹倉犬舎が日本で最初に血統を確立した犬です。"豆柴”という名称は初代鷹倉が発案しました。それは、ウィキペディアでも紹介されています。

 現在、豆柴を繁殖している犬舎は他にもありますが、祖先をたどれば樽井荘鷹倉犬舎の犬が元になっています。

初代鷹倉はすでに亡くなりましたが、現在二代目鷹倉雅義が、血統を守り本物の豆柴を守っています。

 

初代鷹倉がテレビの取材を受けました。

 

ビデオを見て頂いても分かる通り不器用で、樽井荘では大々的に宣伝をして、豆柴を増やそうとは考えていません。

価値の分かって頂ける方のみにお譲りいたします。

犬は流行りものではありません。十数年一緒に暮らす家族です。大事に一生の面倒を見て頂ける方にお譲りします。

京都府宇治市に犬舎はあります。ご見学も可能です。

 

 

豆柴との出会い

初代が豆柴を繁殖するようになった豆柴との出会いです。(樽井荘1982年パンフレットより)

※文中に出てくる「私」は「初代鷹倉」です。

 

「豆柴」との出逢

昭和7年、私が小学校へ入学して間もなくの事、友達が出来て「犬が居るから遊びに来いよ」というので小さい時から生物が好きだったせいか、言われるままに学校の帰り友達のあとについて行った。山道に差しかかって20分位あるいて峠に辿りついた。道の左側に大きな杉が有り根元にお地蔵さんがまつってあった、後は高い山になっていた。

其の時友達が「あそこや」と指差したところは右側の道からたらたらっと下って小川の土橋があって少し上った山間部落の藁屋根の表の広い大きな農家でした。近づくにつれて目についたのは南向きの深い庇の軒下に二ツ折の筵が30枚位積重ねてある上の二つの丸い物です。心持ち大きな方が茶色、小さ目な方が三色の班。近づくにつれて犬と猫が仲良く春の日差しを受けて日向ぼっこしながら眠って居たのです。此方の足音に気付いたらしく猫の方は僕の視線と目が合うと後向きのまま家の中に逃込んでしまった。犬の方は筵の上で起き上がって伸をし、乍らあくびをして友達が「ヂヨンょ」と呼ぶと邪魔くさいといった感じだがピヨンと身軽く飛下りてあまり長くない太い尾ぽを振り体をくねくねゆすりながら、小さな飼主のお帰りとあって出迎えに近寄って来た。処が側に見しらぬ者が居るので1m余りの処で立止った。双方の顔を見比べ乍ら鼻を高く上げて臭をかぐ格好をして友達の膝へ登りついて喜んだ。其の仕草が小型犬特有で今でも深く印象に残って居ます。暫くする内に僕にも大分なれて頭を撫でさすようになり、1時間位犬と一緒に遊ばせてもらった。其の時の話によると親類にあたるおじさんの家が山奥で漁師をしていて、そこで産まれた仔犬をもらって来たとの事、其の両親が豆柴でとても猟がうまいと自慢して話してくれた。それからと言うものは友達とも仲好しになって事あるごとに遊びにゆき其の都度自分の小遣で途中の駄菓子屋でビスケットやせんべいを買って持って行ってやると段々懐いてそこの家族の人よりも僕の方に喜ぶようになった。又日曜日等遊びに行くとどうして臭ぎ付けるのか峠の途中位まで一目散に走り寄って跳び上がって喜んで出迎えに来てくれた。其の内友達の人ともなじみになって大事にして頂いた。

 友達と話をする度にヂヨンの様な犬がほしいと云う事が両親の耳に何時しか這入り、そんなにほしかったら可愛がってもらえるし、貰ってもらったらと云う事になった。其の時の嬉しさは飛上る程でした。当時町中では普通の柴犬でも見当たる事が少なく、増して豆柴となると交配の相手を探すのに子供の事でもあるし、一苦労でした。そうこうしているうちに1軒おいて隣の門横の大きなおうちに紀州の方より引越してこられた会社の重役さん方にうちのヂヨンより少し大き目(30cm)の牡を連れてこられたのを知りお頼みしてかけさせてもらった。其れから50日程して腹も大きく目立ちはじめて可愛いい仔犬が産れるのを楽しみにしていた頃の或る日、近所のおばさんが「ぼくのうちのヂヨンを誰かしらない人が連れていったよ」と云われたのでびっくりしておばさんの指差す方へ子供乍ら一生懸命追いかけた。丁度裏道へそれる曲角の所を二人の大人の一人がヂヨンを抱いて曲ろうとしているのが見えたので夢中で走り寄って、息を切らせ乍ら追すがる様にして泣乍ら「うちのい犬だから返して」と頼んだが「此処では渡せないので警察まで取りに来るように」と云って足早に立ちさっていってしまった。泣き乍ら家に帰り親に聞いてもらったが「警察には来ていない、闇の犬取り(犬泥棒)に持って行かれたのだろう」との事。ヂヨンはうちへ来てから3年余り二度と帰らぬ犬となってしまった。其の時の悲しみは今だに時折思い出される最初の愛犬との別れでした。